Hard to say I'm sorry:80年代のAORの名盤を!<br />   自由が丘の『SONGS』で・・・

Hard to say I'm sorry

80年代のAORの名盤を!
   自由が丘の『SONGS』で・・・

プロフィール

レコード盤

ここの管理人Geneです

すでに人生の半分を通り超えてしまいましたが、昔取った杵ずかで頑張っちゃいます。

一世を風靡した1980年代のAORの魅力を余すところなく、しかも今話題のYoutubeや、最近始まったばかりのMTVのサービス・MYPLAYなどのビデオをふんだんに使ってご案内しましょう

さぁ、アナタもここに来るとエイティーズにタイムスリップ!

AORを聴いてみませんか!?

自由が丘

ボクがここに住んでいたのは、今から約40年近く前の1967年あたりから1985年くらいまで

ちょうど、女性誌「アンアン」とか「ノンノ」などが自由が丘の特集なんかを組んで、それまで地元のセンスの良いお嬢さんたちばかりだった、街が一変してギャルが大挙してやってきた頃

そこ、自由が丘で出会った素敵なお店の数々から、すばらしい音楽をボクに教えてくれた、今なき「SONGS」

そこで流れていたお洒落で洗練された音楽を少しでも、ここに来ていただいた皆さんとシェア出来たら嬉しいですね

2008年11月

自由が丘駅

Hard to say I'm sorry

chicago16
Chicago 16

このアルバム、『SONGS』のマスター川名さんが、

「これは良いから聴いてみてねぇ」

って言うんで、聴いてびっくりでしたね

Chicagoというバンドを、かなり以前から知っていた
のですが、Chicagoの音楽はいわゆるブラスロックでした。

トランペット・トロンボーン・テナーサックスの3本の
管楽器を大変上手くフィーチャーして、エイトビートや
16ビートのロックにのせる手法で、それまでのロックとは
一線を画していたものです。


でも、このChikago16のアルバムの前は、
段々と人気が落ちてきていました。


ところがです・・・・・


AORに、この人ありと言うほどのプロデューサー

ディビットフォスターが、ChicagoをAORに
変貌させたのです。

そう、このアルバムChicago 16のプロデュース
は、ディビットフォスターなんです。


特にA面の5曲目に入っている、

 「Hard to say I’m Sorry」

このバラードの曲が大ヒット


それからのChicagoは、ブラスロックからAORの
路線へ変更して、さらにビルチャンプリンが加入で
ヒット曲を出していったのですね




1982年ドイツのドルトムントでのライブから




このビデオは、上のライブから20年後の2002年、
アメリカ・シカゴの「The Arie Crown Theater」での演奏
なんとディビットフォスターとChicagoのピーターセテラが
共演しています。

曲は "Hard To Say I'm Sorry", "You're The Inspiration"
"If You Leave Me Now" そして "Glory Of Love".
素晴らしい演奏をどうぞ!
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